CHECK THIS WORK "mushin"

 

私達が世界に伝えたい「COOL JAPAN」とは?

"日本のカッコ良さ"という意味の「COOL JAPAN」ですが、この言葉は海外ではゲーム・アニメ・アイドルなどのポップカルチャーを指して使われることが多くなってきています。確かに日本のアニメなどのコンテンツは海外でもとても高い人気を誇っています。
しかし、別の切り口の「日本のカッコ良さ」も私達ORIENTARHYTHM(オリエンタリズム)は海外に発信していきたいと思っています。

日本の伝統文化には他に類を見ない「身体の使い方」「間の取り方」「精神論」があるのをご存知ですか?
これが私達が世界に伝えたい「COOL JAPAN」なのです。
ORIENTARHYTHMは日本の伝統文化に息衝くそれらの特異性を伝統文化より抽出し、まったく新しいパフォーマンスとして表現しています。

上記作品「無心(mushin)」はこれら日本の文化の特異性を使ったパフォーマンスであり、日本の伝統武道空手の理念「己に克つ」を表現しています。さらにこの作品にはとても大切なメッセージも込められています。

 
日本文化の特異性とは?
早速、身体の使い方・間の取り方・精神論をご説明いたしましょう!
 
身体の使い方:「シャープでキレのある動き」

日本の伝統武道である空手には「小よく大を制す」という言葉があります。身体の小さな者でも大きな者に勝つことができるという意味であり、空手がスポーツではなく武道として生き残ってきた証です。そのため空手はボクシングなどのような階級制で戦うための打撃理論ではなく体重に左右されない打撃理論が必要になります。

ボクシングのパンチは後ろ足の踵を上げて内側に回転させ、足→腰→上体→肩と次々に回転させることによりパワーを生み出します。このため全ての動きは回転と曲線で構成されます。ただ、この理論ではより体重の重い者の方がパンチ力が強くなってしまうため「小よく大を制す」が成り立ちません。だからボクシングは階級制で戦うのです。
空手の突きはボクシングとは全く逆で、踵を地面に着け、足や腰を回転させることなく、上体もひねらずに突きます。全ての動きが直線で構成され拳は出発点から到達点までを最短距離で移動します。さらに出した拳と逆の手を後ろに引くことにより、全身を瞬間ロックさせます。この方法だと相手との衝突の際、ちょうど相手と地面の間に自分自身がつっかえ棒のように存在し、相手の体重が重ければ重いほどカウンターパンチのようにダメージが与えられるということになります。これにより空手の「小よく大を制す」が成り立つわけです(空手の突きは「地面で突く」と例えられることもあります)。

この空手の「最短距離を直線で動かし瞬間的に身体を硬直させる」という特異な身体の使い方はシャープでキレのある動きを生み出すのです。このメゾッドが私達のパフォーマンスの動きの中核となっています。

 
 
間の取り方:「無音のリズム」
日本の文化は「間」をとても大切にします。人との会話や、物の配置、列に並ぶ際の間隔などあらゆる面で「間」をはずさないように、と心がける文化です。「間」の大切さが特に顕著に現れているのが音と音との間に発生する無音という「間」です。一本締めの際にリードをとる者が「イョ〜ォッ」と音頭を取ると、その後一瞬無音の「間」が空いてから大勢の手拍子は乱れることなくキレイに揃います。この一瞬の無音の意味を誰もが理解し、コントロールできているからこそ手拍子が揃うのです。このように本来は余白にしか過ぎない無音の「間」に意味を持たせ、それをリズムとして扱うことのできる類い稀なる感性を日本人は備えているのです。
また、武道には「残心」という所作がありこれも「間」となります。例えば空手の場合、攻撃をした後それが決定打となっていた場合でも反撃にそなえ構えと緊張を持続させた状態の事で、パンチで相手をKOしてもしばらく倒れた相手に向かって構えを崩さない、という様子のことをいいます。これも動きの中に「間」というリズムを作る所作といえます。

これら無音が生み出す「間のリズム」こそが海外からみた「日本のリズム」のカッコ良さと言えるのではないでしょうか。
 
精神論:「克己惻隠の心」

空手のことを「攻撃の技術」と誤解している人もいますが、実は空手とは他者への攻撃を自ら戒めることのできる自制心を養うものであり、決して暴力を増長させるものではありません。
自制心とは、『自ら行動を起こす前にその結果を考える』
というシンプルなものです。
しかし「言うは易し行うは難し」です。
なぜならば...、人間は皆、自分自身の中に「敵」を抱えているからです。
その内在する敵はちょうど「影」のような存在であり、あなたの弱いところを全て知り尽くしています。
よってその内在する敵に打ち勝つことは容易ではありません。
空手の修行とはこの戦いの手助けしてくれるものなのです。
内なる敵「影」に打ち勝ち、自制心を手に入れること、すなわち「己に克つ(克己)」が空手の最終目的です。
自制心とは「行動する前に結果を考える」ことを意味します。

空手を学びこの理念を習得したならば、あなたは勿論「行動する前に結果を考える」ことができるようになっています。そして、自分がすでに行っている行動が他人に迷惑になっていると知った場合はそれを止めることができるはずです。これが己に克つという自制心であり、私が世界中の人々に知ってほしい「空手」なのです。

全ての人がこのような自制心を持ち、自身の行動をコントロールできたならば「攻撃のためのテクニック」は必要ありません。世の中の全ての武器も不要になります。なぜならばその時私達はすでに「争う必要」すらなくなっているからです。これは「空手の理念は世界平和に通ずる」と言えます。
(上記作品「mushin」にはこのメッセージが込められています)

さらに、日本の武道には他の格闘技にはない特別な精神論があります。
それは、自分が試合に勝ったとしても決してそのことを喜ぶような行為や表情、ガッツポーズ等をすることは慎むべきものだ、という考えです。なぜならば、自分が勝ったということは目の前に負けた者がいるわけです。昔の真剣勝負であれば負けた相手は命を落としているか大怪我をしているでしょう。よって勝者はまず勝った事を喜ぶのではなく負けた相手のことをいたわる、という精神が日本の武道にはあるのです。これは他国の格闘技には見られないとても特殊なものなのです。(柔道のようにスポーツ化されたものには例外もあります。しかし、未だに剣道の試合では一本取ったにも関わらず勝者が喜ぶ行為をしたらその一本は無効となります)
この他者へのいたわりの気持ちを 「惻隠(そくいん)」といいます。

当初、私はこれが武道の特別な精神だと思っていました。しかし、実はこの他者へのいたわり「惻隠」の精神は武道によって結晶化されてはいますが、武道経験者だけでなく我々日本人が少なからず誰もが持ち合わせている感覚だということに気付きました。
2011年に起きた東北大震災は衝撃的なニュースとして世界中で流れました。その中で、配給の水を整然と列を作って待つ被災者の皆さんの行動が思わぬ形で取り上げられました。
海外では災害時に当たり前に起こる略奪や暴動などもなく、被災者の方々の秩序と礼節を持った行動に世界中から称賛の声が上がったのです。
『自分はとても喉が渇いている。でも、私の前に並んでいる人も同じであろう、私の後ろの人もきっと私と同じ気持ちで並んでいるのであろう』と、自分のことを考えるよりもまず周りの人をいたわる気持ちが先にあるからこそ整然と列を作って配給を待つことができたのです。
この「相手の立場になって考え、人をいたわり思いやる」という「惻隠の心」こそが本当に世界に伝えなければいけない「COOL JAPAN」ではないのか!と...私は考えます。

 


作品説明:"mushin"
空手を学び始めた者のほとんどが最初は「敵」を自分の外に見いだそうとします。「敵」とは目の前に現れる他者だと勘違いしてしまうのです。この間違った考えは他人や物への破壊行為に繋る危険をはらんでいます。
     
しかし、継続して学び鍛錬し修行を積むことによりこの間違いに気付き、自分の間違った考え方や心の壁を突き破ることができるのです。
     
そして、心の壁を突き破った者は気が付きます、「敵は外にはいない。自分の内にいるのだ」と。そこから自分自身との戦いが始まります。自分の中の敵「影」は弱いところを全て知っているので勝つ事は容易ではありません。勝ったか!?と思い、勝ち名乗りを挙げた瞬間、逆に影に飲込まれてしまいます。それほど己に勝つことは難しく、また、武道を志すものは敗者へのいたわりを忘れてはいけないのです。
     
暗黒の中、一筋の光が見えます。それは古から伝わる古人の教えです。その教えをもとに最後には己に勝ち、明るく輝く平和な未来へと道が開かれます。
     
 
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